「楽な人生」より、最後に「楽しかった」と言える人生を。

険しいことを冒すと書いて、冒険と読む

「冒険」という言葉は、
険しいことを冒すと書く。

その字の通り、
冒険には多少の危険がつきまとう。

でも、危険を避けて、
安全な道だけを選んでいれば、
本当に安心して生きられるのだろうか。


人は誰しもが主人公であり、
自分の人生は自分でつくるものだと思う。

社会に出れば、
壁にぶつかる。

悩むこともある。

悲しむこともある。

傷ついて、
立ち上がれなくなることもある。

それでも、
時間が経てばまた立ち上がり、
新しい何かを手にする。

そうやって人は、
少しずつ成長していくものなのだと思う。


もちろん、
危険なことをすればいいという話ではない。

無謀な挑戦をして、
自分や誰かを傷つける必要もない。

ただ、何も失わず、
何も傷つかず、
何の不安もない道だけを選んでいたら、
人としての成長も、
そこで止まってしまう気がする。

多少の危険は、
やむを得ないのかもしれない。

怖くても一歩踏み出す。

失敗するかもしれなくても、
やってみる。

恥をかくかもしれなくても、
挑戦してみる。

その先にしか見えない景色が、
きっとある。


僕自身、
これまで何度も壁にぶつかってきた。

思い通りにならないこともあった。

失敗して、
悔しくて、
自分が嫌になることもあった。

それでも、
その時は苦しかった経験が、
後になって自分を支えてくれることがある。

あの時、逃げずに向き合ったからこそ、
今の自分がある。

あの時、恥をかいたからこそ、
分かったことがある。

あの時、傷ついたからこそ、
人の痛みに気づけるようになった。

そう考えると、
険しい道にも意味があったのだと思う。


楽な人生が悪いわけではない。

穏やかに暮らせることは、
とても幸せなことだと思う。

でも、
ただ楽だった人生よりも、
振り返った時に「楽しかった」と思える人生のほうが、
最後に笑って逝ける気がする。

「あの時、挑戦してよかった」

「あの時、逃げなくてよかった」

「あの人に出会えてよかった」

そんなふうに思える人生なら、
多少の苦労や失敗も、
きっと自分の物語になる。


人生は、
誰かが用意してくれるものではない。

誰かの正解をなぞるものでもない。

自分で選び、
自分で迷い、
自分で進んでいくものだと思う。

もちろん、
途中で道を間違えることもある。

引き返すこともある。

立ち止まることもある。

それでも、
自分で選んだ道を歩いた経験は、
決して無駄にはならない。

人は誰しもが主人公。

そして、
自分の人生をつくるのは自分自身だ。


険しいことを冒すと書いて、冒険と読む。

怖さがあるからこそ、
そこには挑戦する意味がある。

安全な道だけを選ぶのではなく、
時には勇気を出して、
険しい道にも足を踏み入れてみる。

その先で転んでもいい。

傷ついてもいい。

また立ち上がればいい。

そうやって歩いてきた道を、
最後に振り返った時、

「大変だったけど、楽しい人生だった」

そう思えたら、
それで十分なのかもしれない。

あくまで僕の自論だけど(笑)。

すし処とし 大将
森 敏也